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大阪浪華錫器の歴史

日本の錫の歴史

錫器が日本に伝わったのは今から約1300年前といわれています。

金、銀に並ぶ貴重品であった錫は宮中でのうつわや有力神社の神酒徳利、榊立などの神仏器具ごく一部の特権階級の使用が中心でした。
その後、鎌倉時代初頭に中国より伝来したお茶の流行と共に茶壷、茶托などの茶器を中心に錫器が普及していったと言われています。

江戸時代になり、京都を中心に広く一般に普及していくと共に酒器や茶器の形も美しさを保ちながらも使い易さを重視した現在の形に落ち着いてゆきました。


大阪浪華錫器の歴史

大阪での錫器造りの歴史は詳しくはわかっていませんが延宝7年(1679年)にはその記録が有り、当時すでに大阪での錫器製造が始まっていた事がうかがえます。

その後、京都からの技術の伝授などを経て産地を形成してゆき、時代を経るとともに産業は拡大。最盛期の昭和前半には大阪全体で250余名もの職人がその腕をふるい、競うようにその腕を磨いていました。

しかし戦火が激しくなるにつれて職人の招集が相次いだり、戦時統制により材料の錫の入手が困難になるなどして壊滅的な打撃をうけるなどして当時の盛栄さを取り戻すことは出来ていないのが現状です。

それでも、昭和58年(1983年)に通産大臣(現 経済産業大臣)より伝統的工芸品『大阪浪華錫器』としての指定を受け、日々の研鑚を忘れることなく先人たちの優れた技術や知恵を受け継ぐ品を作り続けています。